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中村方隆氏のこと

 三田村君(6組)の出演する芝居「松ぼっくり~ モクセイの香る頃」を同期生グループと一緒に観劇した旨のメイルが10組の長沼君から届いた. 私も一緒に行けば良かった. 一緒に見に行って,二次会にも参加したという6組佐藤君からのメイルも同じ頃届いた. 佐藤君は,その時聞いたニュースとして,俳優の中村方隆氏が1月に他界されていることを私にわざわざ知らせてくださった. 中村方隆といっても知っている人は殆どいないと思うが,この人にまつわる事柄を書かせて頂きたい.

 中村方隆氏は,三田村組第12回公演『猿股のゆくえ』に出ていた人である.『猿股のゆくえ』を見た人には「三田村君が演じたバイクショップ親爺の長女の結婚相手として出てくる,いやに老けた禿の男」を演じた人と言えば思いだしてくれるであろうか. 俳優としては全く有名ではなかったのだが,私には実に色々な思い出を呼び覚ましてくださる方だった.
 『猿股のゆくえ』の予告でのキャスト紹介が同期会ブログに転載されたとき(2007年2月11日付),その中に中村方隆の名前を見て嬉しくなった私はコメントを書いてしまった. その一部は次のようなものだった

 「フアンというわけではないのです. 名前を見ても顔も思い浮かばない. ただ遠い昔のなつかしい記憶の中にある名前です. 20代,30代の私は演劇フアンでして,京都在住でしたから見る舞台は限られていたけれど,中村方隆さんは何度か客席から見ているはずです. 昔懐かしい「劇団自由劇場」の時代ですね. パンフまでちゃんと保存している. 半券だって. それを今度押入から出してきた. 1968年10月2日京都会館第二ホールで600円で見た『赤目』. 齋藤憐氏の初期の傑作ですね. 中村さんは主人公の三郎役でした. キャストを見ると凄いですよ,その後に有名になってスターしてる人がごろごろ. 吉田日出子,串田和美,清水紘治,地井武男...」

 あの頃は,演劇と社会運動が十分クロスしていた時代だった. 『赤目』は白土三平の劇画をヒントにした劇中劇のある野心作で,高度成長していく日本社会の中で青年の社会改革意識と野心との葛藤が描かれているものだったと記憶している. 私は当時23歳の貧乏大学院生,三田村君もまだまだ修行中だったのであろう,そのころは. 「自由劇場」は文学座や民芸のような大劇団とは異なる小劇場ではあったが,その中でも注目度は高かったから,三田村君にとっては仰ぎ見る対象ではなかったかと想像するのだけれとまちがっているかな. でも,中村方隆さんの名前はその後いつの間にか見られなくなった. そして,2007年になってその名前に再会したのであった. 私は押入から古い資料を引っ張り出して,見た自由劇場公演のプログラム,半券,それにガリ版刷りの台本まで目の前に並べた.

 『猿股のゆくえ』の公演の後のパーティーに参加させてもらって,中村氏と思い切り昔のことを話した. 佐藤君はその光景を覚えていて下さって,中村氏の逝去のニュースをわざわざ知らせて下さったのだ. その思いやりに深く感謝したい.
 氏の逝去は1月だそうだ. しかし,私は年賀状を受けとっているのである. 全部手書きで,彩色した梅の絵まで添えられている. この年賀状が悲しい. 氏は私に「忘れていないでしょうね」と言いたかったのだろう. 公演後の劇場内部でのパーティーで,舞台に腰掛けて話している間に,私は氏に当時書いていた本の内容を告げていた. それは,ローマ時代の喜劇に関する本で,出版されたなら送りましょうとその時約束したのに年内には出来上がらなかったのである. 氏には寒中見舞いの形で返信を出しておいたのであるが,あれは読んで下さるのに間に合ったのかどうか...

中村方隆

 その本の原稿は今年9月になってやっとできあがり,最後に後書きを送ろうとしてメイルソフトを立ち上げたら,佐藤君からのメイルが入っていたのだ. 中村氏は癌を患って闘病中であったのであって,あの印象深い禿頭は,芝居のために剃ったのではなく,抗ガン剤治療の副作用の結果であったと. そして,『猿股のゆくえ』が氏の最後の舞台であったと.
 8月,札幌に滞在中その本の仕上げをしていたのだが,私はいつも「こんな本を書けるのは世界でオレ一人だ」と考えていた. 随分傲慢に聞こえると思うがそれは,紀元前3世紀2世紀のローマ人劇作家の活動史が私には日本の新劇の歴史と二重写しで見えているということなのである. 要するにそれは,苦闘の歴史である.
 中村氏は,一時俳優活動を諦めて就職もしたのだがまた劇場に戻ったのだと私に打ち明けていた. 植木職人として働きながら年に数度自主公演を打つ三田村君の活動も,私には感嘆という言葉しか思い浮かばせない. 日本の献身的演劇人の味わう苦労が目の前に見えているのだ. プラウトゥス,テレンティウスという二人のローマ喜劇作家の活動を記述するとき,彼らの味わった苦労は私には日本の演劇人の苦労と重なってしまう. ローマ喜劇についてそんな風に書ける人間は他にはいないだろうと,つい私は人知れずイバッてしまうのである.

 自著の前宣伝をするのは本意ではない. 同期会ブログは,昔の友達に再会する機会を提供するよりは,むしろ新しい出会いを作ってくれることの方にずっと有効に機能しているのだと今更思ったのである. そしてその好例を書きたかったのである. ブログを維持管理している方々にここでお礼を申し述べたいと思う.
     (二組 小林)
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